輝かしいキャリアを持つ大女優でありながら、「可愛らしい」という言葉がぴったりの笑顔が素敵な女優・田中美佐子さん(57)。現在、全国公開中の映画『彼らが本気で編むときは、』では、トランスジェンダーの主人公を温かく包み込む母親という難しい役柄を演じています。

女優という職業を通じていろいろな人の“人生”を生きてきた田中さん。「生き馬の目を抜く」ような芸能界で生き残るため走り続け、女優として脂が乗ってきた30代半ばで結婚という大きな選択も。「30代はものすごく必死に生きていた」と振り返る田中さんに、映画や女優という職業について、女優として駆け出しだった頃のエピソードを聞きました。

16年ぶりの映画出演

(C)2017「彼らが本気で編むときは、」製作委員会

(C)2017「彼らが本気で編むときは、」製作委員会

——映画『彼らが本気で編むときは、』が公開中ですが、映画出演は16年ぶりだそうですね。

映画はすごくやりたかったんですけど、なかなかご縁がなくて。テレビのお仕事をずっと続けてやっていたので、映画のお話をいただいてもうまくスケジュールが合わず、そうしているうちにちょっと離れてしまいました。

——この映画では、中学生の息子から「オッパイが欲しい」と告白される母親・フミコを演じられています。性同一性障害だとわかった我が子を全力で支えていく、パワフルで愛に満ちたすごく素敵なお母さんでした。

これほど一言一句に空気感が出ているセリフって、なかなか出会ったことがなくて。この作品の脚本には、余韻が残るセリフや、穏やかな空気に包まれているセリフが、最初から最後まであったんです。それを読んだとき、「間違いなくよい作品になる」ということがわかりました。

——脚本の違いって、如実に出るものなのですね。

死ぬほど読んでますからね(笑)。薄っぺらいなって思う作品も見ているし、やってるし……。でも、薄い作品も、それはそれでどう厚みをつけていかなきゃいけないのか考えて演じることができるんです。

逆に、今回の作品は、セリフの一つ一つに責任をすごく感じたので、ものすごく緊張しました。荻上直子監督は、現場ではもう前のめりで、「誰一人、下手はさせないぞ!」っていう命懸けのような気迫があって。上手くいかないと「もう1回!」ってすぐ止められちゃう。

「わかる! すごくダメだった、今の……」って自分でも思うんだけど(笑)、だんだん緊張して体が言うことを聞かなくなっちゃうんです。

大切にしたのは作品の中に「ナチュラルにいる」こと

——田中さんほどのベテランでも……。

今回の作品では、作品の世界の中に「ナチュラルにいる」っていうことが一番大事だったんですけど、なかなかそれが難しい。芝居の下手なテクニックなんて荻上監督は大嫌いでしょうから、その人として生きなきゃいけなかったんですね。

——田中さんにも、娘さんがいらっしゃいますよね。もし、自分の子どもから映画のような告白を受けたらって、想像して演じられた部分もあるのでしょうか?

監督とも自分だったらどう反応するかという話をしたんです。監督は「『それならそれで大歓迎。そのままでOK!』って言い切れる」っておっしゃったんです。私は、「いったん止まりますかね。考えちゃうかな……」って言いました。

もちろん受け入れないんじゃなくて、受け入れる態勢をとるために、1回止まって考える時間がほしいかなって。監督には『え、なんで?』って言われましたけど(笑)。でも、娘でも息子でも変わらないっていう愛はあるから、絶対に、100%受け入れるとは思います。

「早く30歳になりたいと思い続けた」20代

田中3

——30代の頃にはドラマで何本も主演をこなされ、仕事が順調でとてもお忙しいかったと思います。そんな売れっ子でも、キャリアや将来に対する不安や葛藤はあったのでしょうか?

20代の頃、もちろん自分を信じて前を向いて生きてはいたんですけど、知らないことが多すぎて、早く30歳になりたいと思っていたんです。「この場所で生き延びなきゃいけない!」ってずーっと思い続けていて、立ち止まらずに「やるべきことは全部やる」という気持ちで、結構、寝ずにがんばったと思います。そうして30代になってからは、すごく楽になりました。

——20代と30代で、心境にどんな変化が?

とにかく、20代のときは、上の人から「お前に女優なんて無理だよ」とか、「早くいなくなれば?」とか言われることが多くて。取材を受ければ「結婚はいつ?」って聞かれるし。でも、「結婚なんてしたいときにするよ!」とは答えられないでしょ(笑)。

今振り返ってみたら、その時期が幸せだったなと思うんです。まだ夢に向かって走っている途中だったので、ああだこうだと言われることがくやしくて、逆にがんばって続けられた。

そんなふうに20代でいろんな刺激を受け、30代になってからは、ある程度整理して「やれることをキチンとやっていこう」って考えるようになったんです。理想としては、30代になったら1本でも主役をやりたいって思っていました。

でも、当時はプロデューサーさんたちがすごくクールで。「お前はなれない」って、はっきり言うんですよ。「4番手どまりだな」とか、「4番手どまりでも、ずーっとやっていれば息の長い女優になれるよ」とか、結構言われたんですよね。

2回目も使ってもらえるような女優に…

——芸能界ってすごくシビアな世界なんですね……。

田中1

そう、すごくシビアな世界です。なんとなく私自身も感じてはいたことだったんですけど、そこで「うん」って認めたら本当にそこまでになるから。一度仕事をした人には2回目も使ってもらえるような女優になろう、二度仕事をしたら「次はもうちょっといい役で使ってあげよう」と思ってもらえる女優になろうって思っていました。

それで30代になって、20代の頃にお世話になったプロデューサーさんが「一度主役でやろうか」って言って下さって。もうホントに「よっしゃ!」って感じですよね(笑)。

つまんないことなんだけど、私は田舎から出てきたので、「絶対に有名になって帰ってやる」と強く思っていました。

【後編】に続く

(写真:竹内洋平)

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