感情美人デザイナーとして活躍する柊りおんさん。ネガティブな感情に苦しむ人が不安や嫉妬、怒りと向き合うサポートをしている柊さんも、もともとは「すごい感情ブスでした」と言います。

20代で一度「どん底」を経験。24歳で結婚するも上手くいかずに別居、独りぼっちの子育てと、父親の介護……。「このままではダメだ」と思い立ち、アンガーマネジメントや心理学、脳科学などを学び始めたといいます。シングルマザーとなる決意を固め、新しいキャリアをスタートさせた柊さんに話を聞きました。

「全部自分の選択の結果」と開き直ったら道が開けた

——20代で当時の夫と別居した後、育児と介護のWケア状態で苦しまれたとうかがっています。

柊りおんさん(以下、柊):当時の心理状態って、被害者意識の塊だったんです。被害者意識を持ったとたんに谷底まっさかさまですよ、人生って。仮に自分が悪くないとしてもです。元夫と別れたのも、こちらとしては一生懸命やっていたつもりだったのに、それを裏切られたと思っていた。「あの男のせいで私の人生まっくらだ」って。そう思った途端に、いろいろ崩れていったんですよね。

——でも、それはごく普通の感情のような気がします。

柊:放っておいたらそうなるんですよ。でも、あるとき「誰がその男と結婚するって決めたの?」って気持ちを切り替えたんです。結局、自分が今ここにいるのって、何千、何百っていう自分の選択の結果。その結果を、責任をもって受け入れていけるのかどうかがポイントなんです。

経済状態とか、家族との関係とか、20歳を過ぎたら全部自分の責任です。自分の人生や感情に責任を持てているか、他人のせいにしていないか。そう考えていくと、人生における当事者意識が出てきます。今までは社会や家族に責任転嫁していたものを、「全部自分の選択の結果」と開き直ると、これから自分がどのくらい幸せになるのか、何を達成していくのかを自分の責任で決められる。そう思えた途端に、感情の入れ替わりが起こります。

——人生はすべて自分の選択の結果だと。

柊:私はスピリチュアルなことをまったく信じていません。すべて自分の心の態度が運を決める。これは言い切っていいです。何か大変なことが起きたときに、それを自分の足をひっぱる悪材料として見るのではなく、必ず人生においてよい意味があるととらえられる人がレモンをレモネードに作り替えられるタイプなんです。人生をよくするきっかけというのは平等に降り注いでいます。運のよい人と悪い人、何が違うかといったら、それが見えるか見えないか、つかむ勇気があるかどうか、この2つだけですね。

——どん底からの感情の入れ替えを実現できた背景には、その方法を学ぶ機会があったのでしょうか。

柊:私の場合はアンガーマネジメントっていう怒りの感情のコントロール法を勉強し始めたのがきっかけです。

——現在のお仕事につながっていますよね。

柊:(勉強を仕事につなげようとは)当時はまったく考えてなかったです。Wケア状態で、毎日すさまじく怒っていたので、「このままだと私おかしくなる」と思って、自分のために勉強し始めたのがきっかけです。

——以前はどんなお仕事をされていたのですか?

柊:もともと一流の通訳になろうって考えていました。結婚して移り住んだ宮城でも、仕事で派遣事務をしながら通訳学校に通ったり、その紹介で単発通訳の業務に入ったり。ほんとに、今から5年くらい前までは一流の通訳になることしか考えていませんでした。

でも、宮城って通訳の仕事も本当に少なくて。いずれは東京に戻りたかったので、貿易事務などをやっていれば、東京に戻ったときに働きやすいかなって考えて、貿易事務とテレビ会議の通訳などをやってたら、東日本大震災が起きた。「今」を大事に生きたいと思い、そこからシフトチェンジしていきました。

「投資家」としての顔も

——その後、シングルマザーとなって再び東京に戻られるわけですが、フリーランスとして独立してやっていくのは、最初大変だったと思うのですが……。

柊:これを言うと引く方もいらっしゃるのですが(笑)、私、実は個人投資家なんです。これは私の考え方なので人に押しつけるつもりは全然ないのですが、お金って不労所得で稼げばいいと思っていて。もちろん、損もしますし、全然参考にならないかもしれないですが(笑)。だから、実は感情美人デザイナーとしての仕事以上に、投資に割いている時間も多いですね。

——投資はいつ始められたのですか?

柊:20歳くらいです。

——早いですね!

柊:17歳くらいのときに母親が病気になり、余命はもう長くないとわかったときに、土地の権利書などを全部並べられて「あなたが管理して」って言われたんです。母も、たぶんどうしていいのかわからなかったんだと思います。父はATMからお金をおろせないような人だったので、私も「自分がやらなきゃ」と思いました。金融なんて興味はなかったけど、勉強しなくちゃいけなかった。大学に入って、ゼミで金融政策をとると同時に、早々にファイナンシャルプランナーの資格もとってしまいました。そこからですね、お金の運用を始めたのは。ですから、もう20年くらいになります。

感情マネジメントは投資にも役立つ

——お金は投資で稼ぎつつ、感情マネジメントを学んで新しい道を切り開いていく。2つの軸があったからこその今なのですね。

柊:投資と感情マネジメントって、実はすごくリンクが深いんです。私が投資を続けているのは、「変化を起こすときに怖くないように」という側面もあります。大きなお金を動かすのって、誰でも怖いですよね。損もします。でもその時に、自分の中で不安や恐怖、損失回避性(得られるものより、損失への恐怖が大きい考え方)をどれだけ切っていけるのかという練習も兼ねているんです。

リーマンショックのとき、私はそれができなくて大損したんです(笑)。その時に、感情のコントロールを学んでおかないと投資じゃ勝てないと思いました。投資って感情に引きずられたら絶対負けるんですよ。人と逆の動きをしないと勝てないんです。

「余白」を持つことがチャンスにつながる

——アンガーマネジメントに関して書かれた最初の著書『感情美人になれる7つの扉』を出版されたのは、どういった経緯だったのですか?

柊:私がウェブ媒体で書いていた連載を、光文社の方が読んでくださったみたいで、“上げ膳据え膳”みたいな感じで本を作っていただいて……。これ以上ないスタートでした。

出版業界に人脈もなく、道筋が分からなくても、とりあえず“行くところ”を決める。本当にシンプルなんですけど、ちょこちょこ意識していくことで、思いは実現するのかなと思います。楽しいことを考えていると脳内でドーパミンが生まれるんです。快楽物質がやる気につながって、それでどんどん上手くまわっていくのかもしれません。

——今、お仕事をする上で心がけていることはありますか?

柊:私が仕事で大事にしてることは三つあります。一つ目が「余白を持つこと」です。心に余裕がないと、自分の夢に必要なことが見えなくなってしまう。思いがけない知識やチャンスって、外からやってくることが多いので、それを見落とさないためにも、余白を持っていることです。

二つ目は「利他的であること」。ご縁をいただいた方に、自分はどれだけ役に立てるのか。それを、金銭的な見返りは一切関係なく、常に考えていますね。そうすると不思議なことに金銭までついてくる。

三つ目は「リスクをとること」。皆さん誤解してるんですけど、リスクって「危ないこと」という意味ではなく、「変動幅」なんです。金融の専門用語で「ボラティリティ」って言うんですけど。要するに、人生のなかでどれくらいの変動幅を許容できるのかが、どれくらいリスクをとることができるのかにつながっている。普通、人ってなるべくボラを少なくしたいんです。私の場合、たぶん平均すると人の10倍ぐらいのプラスマイナスをとる幅を持っているので、みんなが動かないときに動ける。そうすると、俗に「運がいいね」と言われるようなことが起こる。そういうことを、どん底から這い上がる過程でずっとやってきた気がします。

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