こんにちは、柴田麻衣です。

前回、いずれ葉山や鎌倉の近くに住むことを想定して、20代後半から少しずつ生活を変える練習をしてきたと書きました。定時に帰る練習を始めたのと同じ頃、私が密かに始めたもう一つの自主練が「飲み会を減らすこと」でした。

会社の飲み会への参加には、人それぞれ意見があると思います。飲み会も仕事だから出ることで得られるものがあると考える人もいるでしょうし、会社の人と飲むのはできるだけ避けたいという人もいるでしょう。

私の場合は? まず前提として、私は人がとても好きです。学生時代からの友人、前職、現職の同僚など、良い人たちに恵まれてきたと感じますし、その人たちとの時間をとても大切にしています。

そのため、20代の私は毎日が飲み会。飲み会という飲み会に「ほぼ毎回参加する派」でした。そこでの時間や、新しい気づき、教わることも多く、何より「誰かと過ごす時間」がとても楽しかったからです。

連載第3回目の今回は、そんな私が飲み会への出席を減らそうと思った理由から、話を始めようと思います。

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この生活を続けるのはかっこ悪い

飲み会への出席を減らそうと思ったのは、20代後半の頃だ。体調を悪くしたとか、ダイエットを始めたとか、物理的なきっかけは全くない。

それまでは、みんなと楽しい時間を共有し、そんな時間を存分に味わいたいと思っていた。その反面、「飲み会を断ることで次回に誘ってもらえないのではないか」「私のいないところで何か面白い会話が繰り広げられていたら……」という不安も感じていた。疎外感を味わうのがとても怖かったのだ。

それに、このまま毎日飲み会に行く生活で良いのかという不安も感じていた。楽しいとはいえ、5年、10年後の自分を考えたときに、こうした生活を続けていることはなんとなくかっこ悪い、と思ったのだ。

そのときは飲み会に対して、一種の依存状態になっていたと思う。純粋に「楽しい」時間にも依存していたし、飲み会の場がないと評価されないと、悪い依存の仕方もしていた。

でも、いずれ結婚をしたり、子育てを始めたりしたら、飲み会には行けなくなる。それでも友人や会社の同僚や上司との関係を、自信を持って続けていくために、なにより「飲み会」がなくても不安を感じない自立した人間になるために、飲み会への依存状態を変えたいと思った。

「最近付き合いが悪くなったんじゃない?」と言われ…

もちろん、定時に帰るのも、飲み会に行く頻度を減らすのも、すぐにうまくいったわけじゃない。

特に悩んだのは、会社だった。飲み会への参加回数を減らし始めた頃、「最近付き合いが悪くなったんじゃない?」と言われてドキリとした。その場では笑ってごまかしたけれど、次に飲み会を欠席した日の翌日は、また何か言われるかも……と緊張しながら出社した。定時に帰るため1日のスケジュールをきっちり立てたのに、予定外のことが重なって、焦ってミスをしたこともある。

こんなはずじゃなかったと自己嫌悪に陥ったり、飲み会に行かないと決めたけどやっぱりモヤモヤしたり。そのつど、自分のやり方が本当に正しいかどうかを考えて、トライアンドエラーを繰り返してきた。そして、飲み会を断るのは「自立した強い心を持つ」ためと心の中で何度も確認し、練習を繰り返した。

人との関係を深めるために実践したこと

ただ、人を好きなことに変わりはなく、人に興味もあった。飲み会に参加しない代わりに、薄れてしまった人との時間をどうすれば深められるか? 

考えた末に私が実行したのは、まずはランチに誘うという方法だ。仕事のやり方をまねしたい先輩や、初めて仕事をする他部署の人、かわいい後輩たち。やはり周りの人たちと話をしたいという思いは強かったのだ。

そこで、「飲み会はちょっと今減らしていて……代わりに来週あたりランチはどうですか?」と正直に伝えた。ランチの誘いってどうだろうと思ったけれど、みんな「もちろん行こう!」という感じで受け入れてくれた。

ランチは時間が限られている分、話題を絞りやすいし、少人数だときちんと顔を見ながら話ができる。さらに言うならば、話した内容をしっかり覚えていられるのもいい。1時間という短い時間でも、相手のことや、相手の魅力は十分に理解できた。

依存グセをなくし、自分らしい選択ができるように

自分の変化として大きかったのは、飲み会や人との関係性に対しての依存がなくなったことだと思う。依存グセをなくしたことは、仕事や飲み会だけでなく、今の移住生活全体において、大きく生きている。人との関係性も楽に考えられるようになり、自分らしく選択したり、生きていくことができたりし始めていると思う。

いざ逗子に移住してからも、仕事に追われたり、飲み会などで生活がバタバタになったりせずに済んだのは、そうした練習のおかげだ。今では会社で「定時に帰るキャラ」「飲み会にはあまり現れないレアキャラ」として認識されているけれど、今は「週末、逗子に遊びに来てください」と誘うようにしている。おかげで、我が家は逗子と言う遠い場所でも、よく人が遊びに来てくれる場所になった。

人間関係は以前よりずっと楽になり、でも密になったと感じている。

後輩たちのリアクションは「遠くないっすか?」

逗子に住むことを会社で話した時、一番不思議そうな顔をしていたのは、20代前半の後輩たちだ。理解できない、という表情で「遠くないっすか!?」と聞かれることも多かった。後輩たちの気持ちはわかる。なぜなら、私も20代前半の頃ならきっと同じ反応をしたからだ。

今の会社は、私にとって2社目。1社目も2社目も、IT関係のわりと忙しい会社だ。20代半ばまでは、深夜まで仕事をしてタクシーで帰るなど、それこそバリバリと音が出るような働き方をしていた。荒波を越えていくような日々に充実を感じていたし、今振り返ってみても、人生のなかであって良かった時間だったと思う。

でも、そんな働き方は長く続かないと、徐々に気づくことになるのだ。がむしゃらに仕事をする自分に満足している一方で、ストイックになりすぎてしまったり、「こんなはずじゃなかったのに」とぽつんともらしてしまったり……。頑張っている自分と、目指したい自分の姿との間で葛藤し、大事にしたいものがポロポロこぼれ落ちていってしまう気がした。

削ぎ落とすフェーズに一気に突入

誰にでも、悲鳴を上げる瞬間というのがあるのかもしれない。

がむしゃらに働き続けて苦しくなった頃、私はどんな女性になりたかったんだっけ?と考えた。周りの優秀な先輩たちに憧れを抱く一方で、自分が将来そうなりたいかというと、少し違う気がした。

仕事に時間を使いすぎず、ワークライフバランスの取れた生活を続けていくことが、私にとって一番幸せな状態だ。そう気づき始めたあたりから、まるで憑き物が落ちたように「定時に帰る」「飲み会には行かない」など、削ぎ落とすフェーズに一気に突入していったのだ。

夫と付き合い始めたのは、色々なことを削ぎ落とし始めた直後のこと。その後結婚し、自分の理想が叶う場所、安心できる家を求めた結果、今逗子で暮らしている。タイムマシンで過去に行き、エネルギードリンク片手に深夜残業をしている20代前半の私にそう伝えたら「まじっすか!?」と驚くだろうか。

(構成:東谷好依、写真:青木勇太)