女優のエマ・ワトソンさんが主演するディズニー映画『美女と野獣』(ビル・コンドン監督)が『アナと雪の女王』を上回るヒットスタートを記録し、ただ今上映中です。

本作のヒロイン、ベルは読者家で聡明なヒロインですが、閉鎖的な村では浮いた存在で「ここではないどこか」を探しています。“女性はこうあるべき”という周囲からの固定概念に窮屈さを感じていて、彼女の悩みはまるで現代の女性が抱える悩みの一つでもあるように重なります。

そこで、ウートピではシリーズで、女性のしがらみとなってしまっている「その、呪われたドレスを、脱ごう。」をテーマに著名人に話を聞いてみることにしました。

2回目は、マンガ家の倉田真由美さんです。

そもそも「女の知性」って何?

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——映画『美女と野獣』のヒロイン・ベルが、進歩的な性格で村人から煙たがれたように、21世紀の日本でもなお、知的な女性が煙たがれるという部分ってあると感じています。「女は愛嬌」とか「ハイスペ女性は結婚できない」とか、そんな発言は今の時代もちらほら耳にします。

というわけで、マンガ家やコメンテーターとして鋭い視点をお持ちの倉田さんに、「女性の知性」をテーマに聞いていきたいと思います。

倉田真由美(以下、倉田):古今東西、知性がある男性に関しては否定的に捉えられることがないことがないのに、女性に関しては「邪魔だ」とか「なくてもいい」という意識はありますよね。

「女の知性」って言ったときに何を指すかも重要だと思っています。例えば男の人が「頭がいい女の人が好き」という場合は、いわゆる学歴的な偏差値ではなくてコミュニケーション能力や立ち回りがうまいといった賢さを指しているんですよね。自分の親やまわりの人とうまくやる能力っていうか。「女性の知性」は、そんなふうに捉えられているし、求められている。
 
——倉田さんは一橋大学出身ですよね? 「高学歴のハイスペ女性はモテないから、合コンではとりあえず学歴は隠しとく」という女性も少なくないですが、倉田さん自身はご自分の学歴が「邪魔」と感じたことはありませんか?

倉田:私に知性はないのでそんなことないです(笑)。東大は知っていても一橋は知らない人もいるし。でも、大学に入った時に中高がフェリス女学院という同級生がいたんですが、「東大とフェリスに受かったらフェリスを選ぶ子が結構いた」って言っていました。

私は、地方出身なので自分の学力で行ける学校の中で、一番偏差値が高い学校に行くのが当たり前だったんですが、東京のお嬢様校には違う価値観があるんですよね。「東大に行くよりはお嬢様校に行って花嫁修行を積んでいい男と早めに結婚する、それが勝ち組」という価値観に触れた時は本当に驚きました。まあそういう価値観があるのはいいけど「それこそが女の勝ち組」って言われちゃうのはイヤだな。

女の賢さ=コミュ力

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——私も地方出身なので東京に来て愕然としたのを覚えています。そうか、そういう生存戦略があったのかと。

倉田:女は生き方に多様性が認められている分、「一番の正解」が見えにくいってのはあるのかも。男性は仕事で成功してお金を稼いでっていう誰もがわかる一直線の道があるけれど、女の場合は女社長になるより社長夫人になるほうが地位が上って思っている人が多い。そういう状況もおいおい変わっていくのかなとは思いますが。

——私から見て、倉田さんはテレビでもコメントにキレがあって、「ホント頭いいな〜」という印象です。ご自分の「頭のよさ」みたいなのを意識することってありますか?

倉田:自分で言うのもアレなんですが、私、コミュニケーション力が高いんです。わりと男の人相手にうまく立ち回ることができる。でもまわりの友だちを見ていると必ずしもそうでもないんですよね。頑なになってしまう子を見ると、損しているなとか男の敵を作っているなと思いますね。

コミュニケーション力って究極のところ人の気持ちを読みながらコミュニケーションをとることで、生来の鼻が利くっていう部分もあるから、磨こうって言っても難しいところではあるんですが。

というのも含めて、女の賢さって言うとコミュニケーション力に収斂されているなとは思いますね。主に年上の男性に気に入られる能力がないと上に行けない。女の人が上に行こうと思うと、今の世の中ではまだまだ男の人に引っ張ってもらう必要がある。時代が進んで女性の比率が高くなると変わってくると思うんですが。偉くなっている女の絶対数が少ないから、おじさんに気に入られるしかないという部分もあって。だからこそ、おじさんに引き上げてもらった女の人には同じ感覚で部下を選ばないでほしいですね。

バカに見せることが「本当の」賢さ

——コミュニケーション力に関しては、バカに振る舞うことこそ「本当の賢さ」という人もいますね。

倉田:そうそう、ちょっとくらいものを知らないフリをしたほうがいいとか。でもそれをもって知性と言うのは女に対する侮辱だからね。バカなフリしてほしいっていう男の側のコンプレックスがあるんじゃないかな。女の側がそれにいつも付き合ってあげる必要はないです。

男と女が対立するポイントは「知性」以外にないんですよ。体力では並びようがない。頭に関しては同じ土俵に乗れるし、勝ち負けがはっきりしてしまう。だから、男性からコンプレックスを持たれると「賢い」女性は、面倒だからとアホなフリしたり男を立てたりしちゃうってのはありますよね。

——そろそろそういうのもやめたいですね。

倉田:バカなフリをする必要性がある世の中が問題なんだと思う。東大女子がよく言うもんね。「東大卒を隠す」って。美貌や若さ以外に、運動神経や知性がスポットライトを浴びれるようになったらいいなって思いますね。そう考えると、スポーツは女性がスターになれるチャンスがあるけれど、知性ってなかなかないんですよね。

知性はアクセサリーのひとつ?

——「知性」という言葉の定義が曖昧という問題もありますが、知性そのものが正当に評価されることが少ないのかな、と。

倉田:ハリウッド映画を見ていると、(日本と比べて)わりと女の知性を認めているほうだなと感じますが、まだまだ知性がメインで描かれることは少ないですよね。学者のヒロインって言ったら、たいていが若い美人学者。一応「頭がいい」ってことにはなってるんですが、「美人」であることを引き立てるアクセサリーのひとつというか、ヒロインの付加価値としての知性なんですよね。そこが変われば風景が変わってくるんでしょうね。

「美しさ」や「若さ」って男が女に求める絶対的な価値だと思うんですが、それ以外はどうしても付加価値になってしまう。「運動神経がいい」とか「知性がある」といった部分は。生まれもった生理的な感覚かもしれないので、ある程度仕方がないですが、「美貌だけが突出した女性」がちやほやされるように、「知性だけが突出した女性」もちやほやされる世の中があってもいいと思いますけどね。

呪いの正体は世間体?

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——映画『美女と野獣』では、王子が魔女に呪いをかけられて野獣になってしまうように、「呪い」がひとつの大きなテーマとなっています。「女の知性は邪魔」というのも、私たちにかけられた呪いのひとつだと思うんですが、倉田さんが「これは呪いだよな」と感じることはありますか?

倉田:いっぱいありますね。「●●歳までに結婚しなきゃ」もそう。映画でもそうだと思いますが、社会とか親が植え付けた「〜すべき」「〜しなきゃ」はだいたいが呪いだと思います。

——倉田さんも呪いにかけられていた?

倉田:若い頃はいろんなことに縛られていました。結婚や出産を経て自由になったってのもあるんですが、「こうしなきゃ」とか「こうすべき」って言っている社会や世間って、結局は何も返してくれないって身にしみたのが大きいかな。世間の「こうすべき」を守ったからといって社会が褒めてくれるわけでもない。

世間体にこだわる人ほど呪いは重くなるんじゃないですか? 女性はそれがすごく枷(かせ)になっている人がいる。隣近所からはじまって、友だちにどう思われるか。本当は離婚がしたいんだけれど離婚すると「かわいそうな女」って見られるから離婚はしたくないとか。アホらしいな、自分の人生なのにって思います。

——映画では、閉鎖的な村の中でベルが生きづらさを感じているという描写がありました。都会のほうがいろいろな価値観がある分、ラクという面はあるんでしょうか? 私自身が地方出身で、つらいことは多々あっても東京で頑張ってるのには、そういう面もある気がしていて。

倉田:うーん、そうですね。世界が狭いほうが世間体に縛られやすいという面はあると思うけど、それよりは、地方か東京かに関係なく、すべての行動原理が世間体優先になっていること自体が問題だと思います。

例えば、子どもが何かした時に「何するの、恥ずかしいでしょ! 世間に顔向けできない」っていう怒り方をしちゃう。子どもは「世間体っていうわけのわからないもののために怒られているんだ」って理不尽さを感じますよね。そうやって親が子どもに「世間体」っていう価値観を植え付けちゃうこともある。私がドブに捨てようと思っているのは、こういう世間体です。

「世間」は自分の中にしかない

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——世間体という呪いから自由になるにはどうすればいいんでしょうか?

倉田:そうですね。「他人からどう見えるか」を優先している人は、呪いの重さを自覚したほうがいいかもしれないね。軽くするのはなかなか難しいとは思うけど。

でも、一番の処方箋は、自分が何に縛られているのかを自覚をすることと、世間にどう思われても自分の人生はビクともしないと知ることの2つじゃないかな。実は世間って自分の中にしかない。

自分の中で「こう思われている気がする」とか「こう言われている気がする」って考えてるだけ。自分の中に敵を飼っているのと同じなので、そんな敵はさっさと追い出しちゃったほうがいいと思います。

——映画の中で「自由がなければ幸せになれない」というベルのセリフが出てきますが、倉田さんにとっての「幸せ」は何ですか?

倉田:私も「自由に生きること」ですね。好きなものを食べ、好きなことをし、好きな人と付き合う。好きな仕事をしてね。幸せって、ひとつのことで決まらないから。いろいろなことが積み重なっていくものだから。たまにはイヤなことがあっても好きなことが多ければ、幸せに生きられる。世間ってネガティブなことにしか反応しないから、そこは無視して自分の幸せを追求していけばいいと思います。

(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子、写真:矢野智美/HEADS)