34歳で「子供がほしい病」に陥り、40歳で不妊治療をやめ、現在45歳となったコラムニストでイラストレーターの吉田潮(よしだ・うしお)さん。

今年2月に掲載して大きな反響のあったコラムをきっかけに新連載がスタート。「産まない人生」を選択することにした吉田さんが、「オンナの欲望」に振り回されっぱなしだったという30代を振り返り、今思うこととは?

第3回は、妊活を始めた頃の話を書いていただきました。

子づくりハラスメント

「子供が欲しい」という病にかかっている女性は意外と多いかもしれない。また、自分は子供を欲しくても、相手がイマイチ乗ってこない。そんな歯がゆい思いをしている女性も少なくないのでは。少し遡って、私自身の歯がゆかった頃の話にお付き合いください。

我を忘れない、子供を作るためのセックスほどつまらないものはない。34歳まで「いかに気持ちがいいことをするか」を最重要課題にしてきた。とにかく毎日セックスのことを考えていたフシがある。セックス依存症と言われてもおかしくないレベルである。

言い訳しておくが、もちろん仕事も忙しく、女性誌から単行本までありとあらゆる仕事を請け負って、日常生活をこなしていたので、依存症ではない。一歩手前である。そして、有り余るエネルギー。

それが2006年9月を境に、変化している。まず、25歳から飲んできた低用量ピルをやめた。そして19歳から吸ってきたタバコをやめた。もうこれだけで自分を褒めてあげたい。さらに、この頃に基礎体温をつけ始めている。すっかり忘れていたけれど、家の中を探したら細かく記された基礎体温表が出てきた。私、こういうところは真面目なの。

昨今は便利なスマホのアプリがあり、計ったら勝手に記録してくれたり、体温計自体もかなり進化している。当時、私は婦人科からもらってきた細かいマス目がついた仰々しい用紙に、毎日チキチキと書き込んでいたのだ。点を線でつなぐとグラフになるやつね。よくぞこんなものを毎日つけていたものだと、感心する。それまでは性欲の赴くままに求めて、排卵日なぞ意識したことがなかった。

私の有り余る性欲解消+排卵日前の性交要求。これ、男性にとってはかなりキツイと思う。ただでさえ性欲が強い女から、排卵が近づくと確実に中出しを要求されて、射精マシーンのように扱われる。そこに男の自由はない。射精ハラスメントである。子づくりハラスメントである。

今は、平常心で男性の立場を慮ったことを書いているのだが、当時の私にはそんな余裕はなかった。自分はピルもやめてタバコもやめて、妊娠に向かって一直線。「私はこれだけ頑張ってるんだから、あなたも協力して当然でしょ!」と思っていた。

何者でもない自分への歯がゆさ

その頃、健康増進のためにも近所のジムへ通い、やたらとプールで泳いでいた。妊娠に向けての体力増強という意味も強かった。私は黙々と泳いだ。そういえば、ひとりで高尾山へも行っていた。早朝、京王線の下りに乗り込み、通勤電車とは逆の方向へ。いちばんキツイ稲荷山コースをひとりで黙々と登ったりもした。

今まで怠惰だった生活をかなりタイトに絞り始めて、頑張り過ぎちゃった感もある。でもそれくらい一直線になる時期って、誰にでもあるよね。周囲が見えなくなる感じで。ヨガにハマってインドに行ってなんだか違う方向へ開眼したり、オーガニックにハマって一気にベジタリアンになったり。男も女も30歳を超えると、何かに目覚め始める。その正体は「何者でもない自分への歯がゆさ」ではないかと思う。

人から追い込まれるのではなく、自ら追い込む。頑張る自分にちょっと酔いしれていたのかもしれない。しかし、その極度の頑張りのせいか、とんでもないことが起こった。

ある日、美容院へ髪を切りに行ったら、美容師さんが急に声をひそめて、手鏡を渡した。

「気づいてました……? ふたつほどできています……」

え? 何が? 手鏡を見て、びっくりした。後頭部に500円玉大、前頭部に10円玉大のハゲができていたのだ。世にいう円形脱毛症である。

「本当に円形にハゲるんだ」と驚いた。そして、「あるべきところにあるべきものがない」状態がこんなに不安になるとは思ってもいなかった。サイズはそんなに大きくないものの、「これからどんどん広がるんじゃないか」「ハゲたまま元に戻らないんじゃないか」という不安は常につきまとう。

ハゲた経験をもつ友達から、円形脱毛症治療で有名な順天堂大学附属病院も教えてもらう。私のハゲのサイズと位置からすれば、髪の毛で完全に隠れる。それでもニット帽をかぶり、髪が風になびかないようビクビクしながら病院へ出かけた。

ハゲ、始めました

病院の待合室は帽子をかぶった人がたくさんいた。頭にバンダナを巻いている人もいた。同じ病でも、自分は軽症のほうだと悟る。診察までに数時間かかった。そっちのほうがストレスだった。医者は

「この1~2か月の間で何か大きな変化やストレスはありましたか?」と聞いてきた。

「ピルやめました。タバコやめました。健康のために泳いでます」と言うと、「それは体に悪いことじゃないし、関係ないと思います」とばっさり。

治療法は、プスッとハゲに注射するだけ。そしてステロイドの塗り薬を処方された。これで治るとは到底思えない。長引く人は長引く、自然に治っていくことも多いと言われたので、病院に通うのはやめようと思った。気の持ちようだと教えてくれた。

そして、気がついたらチクチクと毛が生えてきて、気づくといつの間にか消えていた。が、別の場所に再び小さなハゲができた。広がってつながっていくことはなかったが、できては消え、できては消え、を繰り返した。

最も大きく、目立つ位置にできたハゲは直径10センチくらいだった。やや前側の側頭部の毛が驚くほど抜けて、つるつるになった。なんというか、頭蓋骨の地平線がわかるほど、と言えば想像つくだろうか。それも3年かかったが、跡形もなく消えた。今年に入ってハゲがひとつもなくなったので、通算11年はハゲと共存してきたのだ。

ハゲになって学んだことは、いろいろとある。薄毛を気にする男性の気持ちがよくわかるようになった。小さいことで悩まないようになった。円形脱毛症は病気ではあるけれど健康体であることに感謝した。

そして、妊娠にむけていろいろと頑張っていたのだが、それが結局は無理をしていたのだと思うようにした。そのほうがなんとなく報われるから。

でも、心の奥底で、彼を責める気持ちがうず高く積もっていった。彼のせいでハゲたわけではないのに。そして、子づくりハラスメントを続けるうちに、私たちは険悪な雰囲気になる日が増えていった。結果、別れることになったのだ。

元サヤからのもがき

紆余曲折あって、1年間別れた後に元サヤに戻った。この話は以前書いたことなので、そちらを読んでいただけたら。

よりを戻して、2年。この時期、すっかり妊娠出産をあきらめたと思っていたのだが、日記を読み返してみると、どうやら違っていた。ピルを再開せず、毎月訪れる生理に舌打ちし、生理痛と妊娠に失敗した事実にもがいていたのだ。排卵日前は日記にも「仕込み」と書いてある。基礎体温をつけるのもとっくにやめていたのに、あわよくば妊娠、できたらいいなと願っていたようだ。このとき、私は37歳。

想像妊娠もしていた。少し体調がよくないと、「すわ妊娠か?!」「今回は何かが違う。当たった気がする!」などの記述もある。そして、生理がくるたびにバカみたいに落ち込んでいた。ムカつくほど定期的にやってくる生理。1日遅れるだけで、脳内は妊娠騒動だった。妄想ここに極まれりと思うのは、産むならどこがいいか、近所の病院をチェックまでしていたようだ。日記にも病院名まで記してある。まだ妊娠もしていないのに。なぜこんなに妄想猛々しかったのか。

当時、親友が相次いで妊娠・出産していたことも影響しているようだ。今までずっと一緒に遊んで、同じ道を歩いていくだろうと思っていた女たちが、次々と母になってゆく。焦りというよりは、置いていかれるような寂しい気持ちだった。

(吉田潮)

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