おひとり様の会社員が、40歳で都心に「7坪ハウス」を建ててみた。

「東京で家モチ女子になる」という無謀な企てを実現しようとして身に起きた出来事を、洗いざらい綴ってきたこの連載。

無事に銀行から計4100万円の融資を受け、「都心に7坪ハウスが欲しいの!」というワガママを叶えてくれる建築家ともめぐり会い、いよいよ実際に設計が始まることに。

でも、極狭住宅を建てるには、まだ超えなくてはいけないハードルがあったようです。

災害時に家を建ててる場合か!?

わずか車2台分という、小さいながらも大きな夢が詰まった土地を手に入れ、その夢を形にしてくれるだろう建築家も決まり、いよいよ本当の意味での家づくりが始まった。

第1回目のミーティングは2011年3月13日の予定だった。説明するまでもなく東日本大震災の起こった2日後だ。当然、ミーティングは延期になった。「地主になった」と喜んでいる場合ではないのと同時に、「家なんて建てている場合なのか?」と気持ちがぐらつく。

神奈川県にある設計事務所は壁に亀裂が入ったり本棚が倒れたり、模型が落下して壊れてしまったり、結構な被害を受けたらしいが、スタッフはケガもなく無事との連絡が入った。さらに「奇跡的に塚本邸の模型は、ダメージゼロでした」との一文。なんだか、落ち込んでいた気持ちが少しだけ浮上した。こんな時でもクライアントを安心させようとする心遣いに、「建築家はすごい!」と感じた。

「こういう時だからこそ、いつも通りに粛々と」、そんなことも書かれていた。こういう時だからこそ、「もしや家を建てるべきではないということ?」と、ついいつもと違う方向へ行きがちな私の思考を、ちょっと冷静にしてくれる。マンショションではなく、一軒家を建てる選択をしたことをプラスに考え、状況が整ったら予定通りに進めよう。改めて家を持つ覚悟なるものが湧いてきた。

塚本邸3階の天井部分。天井が高いので、狭くても開放感がある。

塚本邸3階の天井部分。天井が高いので、狭くても開放感がある。

私に与えられたミッション

話は前後するが、初めて建築事務所を訪ねたのが1月16日。約1ヵ月後の2月11日に設計に入るためのヒヤリングが行なわれた後、早くも私にはミッションが与えられた。持ち家具の種類やサイズ、食器や洋服、本などの物量を一覧にすることだ。面倒な作業であるにもかかわらず、私は嬉々として作業に取り掛かった。家具の一つひとつを写真に撮り、こまかく採寸してオンデザインに送ったのだ。すべては「塚本邸の模型」のために。

何を隠そう、私がオンデザインに設計・建築を依頼した最大の理由が、この模型にあった。初めて事務所を訪ねた時、ずらっと並んだ家の模型に目を奪われた。私がイメージしていた模型は単なる白い箱。しかし、オンデザインの模型はどれも「ドールハウス」のように精密なのである。模型の家の中にはクライアントが実際に使っている家具や趣味の道具などが、縮小されて収まっている。女子(というには図々しい年齢ではあるが……)なら十中八九、感動するに違いない。見ているだけでも夢が膨らみ、楽しくなってくる模型なのだ。

しかも、よく見るとガスコンロがホックでできていたり、水道にはアクセサリーの製作などに使うTピンが使われていたり、よくそんな材料を思いついたなと思うほど、いろいろな素材を駆使してより本物らしく見えるミニチュアを作っている。こんなところにも建築家の発想力は活かされているのだ。新しい家の模型に、我が家の家具たちはどのように組み込まれるのだろう。

1階の店舗スペース。塚本さんが経営する雑貨店には、北欧から買い付けていた雑貨を中心に国内外のアイテムが並んでいる。

1階の店舗スペース。塚本さんが経営する雑貨店には、北欧から買い付けていた雑貨を中心に国内外のアイテムが並んでいる。

震災後ひと月のミーティングで

4月13日、第1回目の設計ミーティングが行なわれた。オンデザインのオフィスに入った途端、見つけてしまった。玄関らしきドアの横に「FIKA」(店の名前)という看板が貼られたグレーの模型を。ただ、外装だけで中身は見えない。私が目ざとく見つけてしまったものだから、ミーティングはいきなり模型とのご対面から始まった。

壁の一面がはずされた。見た途端「わー!」と感嘆の声をあげてしまったが、それは模型の出来栄えに対する感想。我が家の安楽椅子やキャビネット、ダイニングセットが、そのままのデザインでミニチュア化され、見事に家の中に収まっている。しかし、期待通りの精密な模型に感動して盛り上がったのは気持ちの半分。あとの半分は何か違うぞという「?」マークだった。

実はあまりにも斬新な設計すぎて、良いのか悪いのかさえもわからなかった。いや、正直「ん?」と微妙なマイナス感情がまさっていた気がするが、「建築家の発想力が理解できない私って……」とたじろいでしまったのだ。

一度ひるんでしまうと、冷静な判断ができなくなるクセのある私は、曖昧な感想だけで具体的にどこがどうピンとこないのかを説明できないまま、その日は家路についた。

最初の模型。安楽イスが置けるだけの小さなリビングスペースがある。

最初の模型。安楽イスが置けるだけの小さなリビングスペースがある。

そして、家でカメラに収めた模型の写真と図面を見ながら考えた。一番の問題点はあまりにも狭い床面積にあった。そもそも7坪の家しか建てられないのだから床面積が狭いのは当然なのだが、「それにしても」なのである。最初の設計は、狭い空間を分割して、より狭くしていた。ご対面の瞬間には言えなかった斬新な設計に、ようやく反論する言葉が見つかった。

建築家さん、いくら私が一人暮らしだからって、そのうえ土地が狭すぎるからって、安楽椅子1個しか置けないリビングは、リビングとは言えないでしょう。

こうして、建築家VSワタシ、のバトルは始まったのだった。

ちなみに、建築家さんはいたって温和で、決してNOとは言わない人たちだった。建築家の柔軟な発想に対して、かなり貧困な発想力しか持たない私が、勝手に戦いを挑んでいる気になっていただけなので、あしからず。

(塚本佳子)