34歳で「子供がほしい病」に陥り、40歳で不妊治療をやめ、現在45歳となったコラムニストでイラストレーターの吉田潮(よしだ・うしお)さん。

今年2月に掲載して大きな反響のあったコラムをきっかけに新連載がスタート。「産まない人生」を選択することにした吉田さんが、「オンナの欲望」に振り回されっぱなしだったという30代を振り返り、今思うこととは?

いよいよ本格的に不妊治療がスタートした前回。初の採卵に挑むことになった吉田さんが感じたこととは?

いざ採卵

さて、採卵は生理がきたときから準備が始まる。生理3日目から排卵誘発剤を飲み始めて、10日目に点鼻薬(ブシュッと鼻にスプレーするホルモン剤)を使う。なんというか、卵子のボルテージを上げるために、これだけのことを採卵前にやってあげるのだ。

ただし、排卵は正確な時間がわからない。クリニックにつく前に排卵しては困るということで、時間を予測しつつ、突発的な排卵を抑えるために、肛門にボルタレン坐剤を挿入する。さんざん盛り上げといて、最後はちょっと待ったをかける方式だ。

そして、早朝クリニックへ。オペ室は超音波画像を見るために薄暗く、照明だけが煌々(こうこう)と陰部を照らす仕組み。実は、結構緊張した。それを察した若い看護師さんが、私の手をぎゅっと握ってくれて安心した。

採卵は、極細の針を腟から通して、腹膜を突き破り、卵を吸い取る。これが激痛という人もいれば、そうでない人もいる。痛みに強い私の感想としては、

「なんとなくいやーな鈍痛が腹の中に広がる」

「あきらかに今、腹膜刺しましたね、という感覚がわかる」

程度だった。オペ室では複数のスタッフさんが声かけをしながら、私の名前と卵の数を確認しながら数えている。こっちも真剣だけど、向こうも真剣。だって、人の命の源をあずかってるワケだから。

術後は、腟にガーゼをぎゅぎゅっと詰め込まれて終了。採卵自体はものの5分程度だ。しばらく安静にして、自分でこのガーゼを引き抜く。大判のハンカチ2枚分くらい。引き抜いているうちに意外と大きいガーゼだったと驚く。手品で口から万国旗をニョロニョロ出すヤツ、あんな感じだ。腟から万国旗が出てきたらそれはそれで面白いなあと引き抜きながら、ひとりで笑った。実際は血のついたガーゼなのだが。まだ笑う余裕があった。

その後、胚培養士(医者じゃなくて専門職の人がいるんだよね)の話を聞く。今回採れた卵の状態と数、そして受精方法についての説明。結果としては、卵は4個採れたが、そのうち1個は未熟な様子で厳しそう。とはいえ念のため、4個に受精を施すことになった。2個は顕微授精、残り2個はぶっかけ方式で。顕微授精とは、要は顕微鏡下で精子を卵子に注入する確実な方法、ぶっかけ方式は精子を卵子にそのままぶっかけるというものだ。

この受精卵がどうなるか、翌日に判明する。そしていわゆる移植に入る。受精卵を子宮に送り込むのだ。もうここからは私の力が及ぶところではない。

翌日、受精卵がどうなったかというと、ぶっかけ方式の2つは残念ながらうまく育たなかった。1個はそもそも卵が未熟だったこと、もう1個には精子が同時に2匹入っちゃって、ダメになったらしい。夫の精子たち、必死に頑張ったんだな……。でも結果、勇み足。

さて、人間の手によって厳重なコントロール下で行われる顕微授精のほうはというと……。

卵のお家賃もかかるのよ

顕微授精の2つは一応、着々と分裂をしている模様。なので、そのうちの活きのよさそうなほうを子宮に移植した。移植は別に痛くもかゆくもない。子宮に入れるだけなので、人工授精と同じようなものだ。これが人生初、第1回目の体外受精だった。

ここまで書くと、ひとつひとつのお値段が気になるところだろう。不妊治療は自由診療なので、クリニックによっては値段が驚くほど異なる。私が6年前に受けた、いちクリニックの、あくまで一例として見ていただければ。

まず、採卵・培養・移植がセットで32万円。顕微授精2個で3万円。残りの受精卵の培養+凍結保存で12万円。つまり、移植した6月25日に支払ったのは、その他費用も含めて、50万3947円。

この金額を「クッソ高いな!」と思うか、「まあそんなもんよね」と思うか。さすがに支払いのときはドキドキしたけどね。こんな高額を現金で払ったことなんかなかったし。

この卵の話を友人S子にしたところ、受精卵に名前をつけてくれた。珠(たま)ちゃんと添(てん)ちゃんである。中国語由来でなんだかめでたい系らしい。珠ちゃんのほうを移植したわけだが、じゃあ、添ちゃんのほうは?

これがきちんとした管理の中、培養を続けて、「胚盤胞」(細胞分裂が進む)という状態まで育てば、冷凍保存となる。つまり、受精卵ストックができたというわけだ。でも、このストックにはお家賃もかかる。そりゃそうだ、特殊な技術で培養&保存しているわけだからね。こちらは確か半年間で5万円。

1回の採卵で2個しか受精卵ができなかったのは、少ないほうなのかもしれない。でも採卵できなかったケースもあると聞く。とりあえず、2個ゲットで喜んでおけ!

さて、移植後は絶賛想像妊娠である。医者から言われた確率は3割。受精卵が着床する率であって、決して出産に至る率ではない。不妊治療で遭遇する確率は、ちょっと気を付けてとらえるべきである。あくまで途中過程での数字であって、無事に出産する数字ではないということに気づかなければいけない。

とはいえ、もう完全に浮かれるんだよね。おなかに手を当てて話しかけたりして。

珠ちゃん、育たず

7月7日、妊娠判定日。着床していれば、血液中のβhCGというホルモンがぐんと上がって100以上になるはず。はずだったが、数字ゼロ! よりによってゼロ! 妊娠どころか着床すらできなかった。潔すぎてあきらめがつく数値でもある。

たった1回でうまくいくはずがないとは思いつつ、軽くショックを受ける。私の治療を応援してくれている友達たちには、「てへ、失敗♪」メールを送った。不妊治療の結果はなかなか本人には聞きにくいだろうし、妙な気遣いをさせると悪いなと思ったからだ。すると、残念会をやろうとか、酒を飲もうぜと皆が誘ってくれた。明るくおちゃらけていても、ホントは落ち込んでいることをわかっているからだ。

しかしだな、そう落ち込んでもいられない。というか、まだ冷凍ストックの添ちゃんがいるのだ。医者の話によれば、胚盤胞まで培養して冷凍保存していた受精卵のほうが、実は成績が良いというのを聞いていた。そこそこ育った状態の受精卵という点で、着床しやすいのだとか。そこを信じて、また生理3日目から通院するのだ! 

ソウルメイトのTちゃんも、私の不妊治療をさらっと見守ってくれていたのだが、飲み屋でびしっと言ってくれたことがある。

「不妊治療の成功率なんて、いちいち数値を気にするのはナンセンス。できるかできないかで、50:50だと思わんか?」

おお、そうなんだよなぁ。根本を忘れて、自分に都合のいい数値ばかりを参考にしようとしても、徒労に終わるだけ。目からウロコだった。ホント、いい友達をもったと思う。

そして、どうやらもうひとり、そっと見守ってくれていた人がいる。母である。母も実家のカレンダーの判定日にマルをつけていたらしく(予想外!)、確認の電話がきたのだ。

私がテンション高めで「あはは、ダメでした~」と伝えた。すると、母は

「あら、そう、残念。うちはパソコン捨てようとして、解体したら余計にお金がかかっちゃって、業者に7000円もとられちゃったのよ~、じゃあね~」

と言って、一方的に電話を切りやがった。当時、私は「地球は自分のために回っていると思っている母の存在は、なんだか心地よい」と思っていた。ところが、後から考えてみると、母は相当気をもんでいたようなのだ。そして心配してくれていたのだと知る。

【新刊情報】
吉田潮さんの連載コラム「産むも人生、産まないも人生が、8月25日にKKベストセラーズから書籍『産まないことは「逃げ」ですか?』として刊行されることになりました。
公式Twitter

(吉田潮)

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