34歳で「子供がほしい病」に陥り、40歳で不妊治療をやめ、現在45歳となったコラムニストでイラストレーターの吉田潮(よしだ・うしお)さん。

今年2月に掲載して大きな反響のあったコラムをきっかけに新連載がスタート。「産まない人生」を選択することにした吉田さんが、「オンナの欲望」に振り回されっぱなしだったという30代を振り返り、今思うこととは?

第5回は、いよいよ本格的にスタートした不妊治療のリアルを、リアルすぎるほどリアルに書いていただきました。

体の成績表が叩きつけられる現実

2011年5月に入籍し、名字も新たに不妊治療を開始した。私39歳、夫46歳。クリニックは地下鉄で3駅、歩いても20分くらいで行ける距離だ。ここには全国から治療を受けに来る女性たちが大勢いて、キャリーバッグをゴロゴロさせてくる人もいた。

朝8時の診察開始に合わせて、ちょっと早めの7時半に行ったのだが、受付番号は100番を超えていた。血液検査を受けて、診察を受けるまでにほぼ3時間。午前中はほぼ取られる。お勤めの人にはホントきついよなぁ。待合室はほぼ女性。ほとんどが若いというか、まあ30代かな。私は年長者のほうだったと思う。いずれにせよ、みんな沈痛な面持ちだ。

夫の精子はすでに採取・保存状態だ。次に必要なのは私の卵子である。排卵日に合わせて、採卵となるのだが、行くたびに採血して、エストロゲンやプロゲステロン、LHやFSHといったホルモン値を測定する。注射が苦手な人はそれだけでも苦痛である。

私は注射が嫌いじゃないが、面倒くさいのは否めない。採血のためだけの通院で、しかも3~4時間はかかる。もうこの段階からスケジュールがきちきちに縛られていく。張り切って行っても、エストロゲン値が低くて「採卵しても微妙かも」と言われたこともあった。

大人になって、しかもフリーランスだと、数字や成績に一喜一憂することがあまりない。会社にお勤めの人はおそらく売上とか営業成績とか、常に数字と闘ってらっしゃるのだろうけれど。不妊治療を始めると、自分の体の成績表が如実に出てくるのが非常に面白いし、なかなかにツライ。精子も濃度や量、運動率や奇形率といった成績が出てしまうし、卵子もいくつ採れるか、しかもそのひとつひとつにグレードがつけられる。さらには、受精卵にも4段階評価がついていて、もうね、いちいちついて回るんだよね。

もちろん、精子や卵子、受精卵の成績がイマイチで劣等生だったとしても、妊娠・出産することもあるし、超優等生でも妊娠しないこともある。それは医者からも言い聞かされた。成績表でいちいち落ち込まないこと。大器晩成型もあるんだぞと思うことにした。

不妊治療を始めた、と周囲に話したら、友人知人が本当にいろいろな情報を寄せてくれた。これは素直にありがたかった。すべてに飛びつくわけではないけれど、最先端医療を受けながらも、東洋医学にもちょいと手を出し始めたのだった。

激痛マッサージも受けました

採卵したら最後、かなりの頻度でクリニックに行かなければいけない。その前に、卵の質を上げられないかしらと目論んで、近所の激痛マッサージにも行った。言っておくが、卵の質なんて上げられないから。卵は私と同級生だから。若返りなんて無理だから。今は突き放して言えるのだが、当時はとにかくやってみようと思っていたようだ。

1回1万3500円の激痛鍼灸マッサージ。日記には「これでこの金額なら安い」と書いてある。もうすでに金銭感覚が麻痺しとるな。足のスジというスジをゴリゴリと指の骨でこそげ落とされるようなマッサージだったが、施術してくれる女性が非常に柔らかい物腰で素敵な人だったから、そこまで苦痛ではなかった。

実は痛みにかなり強いほうである。体験取材で、乳首に針をぶっ刺して根元を立ち上げる陥没乳首整形手術も受けたことがあるし、大腸内視鏡で腸内をくまなく検査したこともある。医療関係の仕事が多かったので、その分、レアな体験取材も多く経験している。

そういえば、32歳のときに卵巣嚢腫で腹腔鏡手術も受けている。痛みも苦しみも一切ない、良性の腫瘍だったが、右の卵巣が7センチになっていた。卵巣って、子宮本体とつながってる部分は微妙に細くて不安定だ。卵巣があまりに大きくなると、そこがねじれて茎捻転を起こしてしまう。卵巣自体にあまりよろしくないということで、腹腔鏡で腫瘍部分だけ切除したのだ。ただ、これは「不妊には直接関係ない」と言われた。
 
何が言いたいのかっつうと、普通の女性に比べると病院慣れしているというか、医療を受けることに何のためらいもないということだ。最先端の西洋医学も、美容医療も、そして東洋医学も。ほら、日本にはなぜか医療に対する拒否感があるでしょう?

「そんなことをして体に不自然じゃないのか」とかね。自然派マインドってわからんでもないが、現代人にとっての自然体って何だろうなといつも思う。ピルは浸透しないし、婦人科の内診を嫌がる人も多いし。医療は積み重ねた技術の結晶だから、私は何の抵抗もないし、受けてみたいと思ってしまう。

そういえば、母に言われた。不妊治療を始めることを伝えたら、

「危なっかしいなぁ、大丈夫かいな」

と。母の世代では想像もつかない、何かこう黒魔術的な印象があるに違いない。女の世代間ギャップは、摩擦を起こしかねない。とはいえ、

「あんたが自分で決めたことだからね」

と言う。うん、あたい、やるよ。体外受精を。

夫は夫で孤軍奮闘

不妊治療は私ひとりで闘っていた、と思い込んでいた。これは夫の非協力を責めているのではなく、結局、男には何にもできないのである。協力したくても、何もできない。ハッキリ言って、それが現実だ。

こちとら時間とられて、ちょびっと痛い思いをしてるんだから、気遣ってほしいと思うのが普通かもしれない。ところが我々、そもそも別居しているので日常生活にいない。この頃はまだスカイプを始めていなかったので、電話とメールでのやりとりだった。

夫は夫で傾きかけた家業をなんとかしようとひとりで闘っていた。老朽化した機械を新しく購入するためにウン百万。夫は自分の貯金をほぼ全額はたいてしまった。そして、今までパソコンに触ったこともない人が、必死でITと格闘している。そんな夫はいつも

「俺には何もできません、ごめんなさい」

と言っていた。いやいや、生きていてくれてるだけで充分ですから。それよりも商売繁盛を考えてそちらこそ頑張ってください。そんな感じだったのだ。

もちろん、結構なむちゃぶりにも快く対応してくれた。採卵前に「ヒューナーテスト」なる検査も受けているのだが、これには夫が必要だったので、急遽東京に呼び出した。

「新幹線に乗って今から来て! そんでセックスしてくれ!」

と。突然の呼び出しにもかかわらず、種馬は新幹線に飛び乗ってやってきてくれた。

ヒューナーテストとは、要は診察の事前に、セックスして、中出しして、子宮の中に精子がどれくらい残っているかを調べる検査だ。これ、私は必要のない検査だと思っている。精子が元気かということがわかるだけで、必ずしも妊娠する太鼓判というわけではない。

そもそもタイミングとか時間帯が悪ければ、健康であっても精子が残っていないことだってある。意味があるのかなぁと思っていたら、医者も同じようなことを言っていたっけ。

ひとりで闘っていたなんて書くと、傲慢に聞こえるかもしれない。夫は遠くから適度な温度で見守ってくれた。できることは何ひとつないことをわかっているだけでありがたかった。もし一緒に住んでいたら、不妊治療に対する温度差でキリキリしたかもしれない。

そんなこんなで、いよいよ採卵の準備段階へ突入した。私の卵、齢39。胎児のときから数えると、卵子はひとつ上の40歳である。ウシオノタマゴは果たして採れるのか。無事に体外受精にこぎつけることができるだろうか。

【新刊情報】
吉田潮さんの連載コラム「産むも人生、産まないも人生が、8月25日にKKベストセラーズから書籍『産まないことは「逃げ」ですか?』として刊行されることになりました。
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(吉田潮)

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